世界をどう解釈しようが、そこに苦痛があるのは事実

世の中には、こうすれば楽になれますよ、的なポジティブシンキング、宗教などが溢れている。
これらはいわば発想の転換で苦しい人生を楽しいものに変えましょうねみたいな感じであるが、まあはっきり言って、発想の転換で苦痛が取れることはない。
世界をどう解釈しようと、手をつねられれば痛いし、水を飲まなければのどが渇く。
それは動かしようのない事実である。

どうも、苦痛を取り除くことに固執し過ぎの気がするのだ。
苦痛はあって当たり前。
それを感じる程度問題はあってもな。
ならば、苦痛を受け入れて、そんなもんだと思っていた方が、どれだけ現実的か知れない。
発想の転換でつまづくのは、いくらがんばっても苦痛を取り除けないからだと思う。

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苦痛を受け入れてそれを当たり前のこととして生きる。
俺はそうしているが、何か却って気が楽なんだよな。
そりゃ痛い時は痛いし、つらい時はつらい。
しかし、苦痛から逃避する必要がない。
逃避しようとすると、苦痛のない世界にしなければならないわけで、苦痛を受け入れることよりも、結果的にめんどくさかったり、無理があったりする。

別に苦しいことがあるから楽しいことも引き立つんですよ、とか言うつもりはない。
ただ、苦痛があるものはしょうがないことだから、それを当たり前に思っておくだけ。

まあ、その苦痛が耐えがたいものであるなら、今の時代、対処療法もあるだろう。
だが、まず自力で、苦痛に立ち向かうというより、受け入れることを試してみないか。
それが苦痛を軽減する方法だったりして(笑)

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