みんながやってるから私もやります的に笑いを取ろうとするのは、寒いよ

京都大学の卒業式は、毎年コスプレをする人間が多いので話題になるようだ。
だが俺は、こういう場でコスプレをする人間のほぼ全員が、寒いと思う。
というのも、みんながやってるから私もやります的な印象を非常に強く受けるからだ。
学生だったから無理もないが、文化祭的なノリ。
これは当人たちは楽しいのかも知れないが、俺は寒さしか感じない。
僕たち私たち、おもしろいでしょという無言のメッセージが、非常に寒い。
マラソンでコスプレして走る人間と同じ印象である。
まず友達にしたくない。
すれば愛想笑いに付き合わされるのが目に見えている。
めんどくさい。

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本当の笑いというものは、そんなところに転がっていないんだよ。
笑いとは、意外性。
まじめさ。
例えば、1人だけ卒業式にコスプレして臨んだら、それはおもしろいと思う。
覚悟が違う。
そういうことなんだよ。

少し話は変わるが、他人のブログがつまらないと言うブロガーは、大抵自分のブログの方がはるかにつまらない。
ツイッターやその他媒体でも、同じ現象を見受けられる。
芸人をつまらないと言う人間の方が、はるかにつまらない。
自分で何も生み出せないから、他人をつまらないとけなして優位に立とうとするしかやることがないのだ。

話を戻す。
まあとにかく、笑いなんていうのはリア充とか、もしくリア充もどきの楽しい奴が生み出せるものではないのだよ。
陰鬱で、不幸なところから生まれるものである。
かつ、それを変換できる力がいる。
言っている意味がわかるかな。

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