俺たちは、見たくない現実を見ないようにして生きている

スーパーでパック詰めされて販売されている牛、豚、鶏肉。
ごく当たり前に買って、食べていると思う。
そして、誰もがパック詰めされる前にどんなことが行われているのかを、おおよそ把握している。
そう、牛も、豚も、鶏も、犠牲になっている。

じゃあその現場を生で見れますかと聞かれた時に、俺は、かわいそうで見れないと答えてしまうだろう。
だが、おかしな話だ。
加工された肉は平気で食べるくせに、加工する過程はかわいそうで見れないとは。
その過程なしに食べることなどできるわけがないのに。

だが、俺と同じような、矛盾した考えを持つ人間は多いと思う。
そう、俺たちは、見たくない現実を見ないようにして生きている。
代わりに誰かに手を汚してもらうことによって。

スポンサーリンク

よくいじめのニュースが取り上げられて、まったくけしからんみたいな話になるが、そういう自分の周りには、いじめはないのかい。
なかったのかい。
自分が標的にされるのが嫌でいじめる方になっていたり、見て見ぬふりしたり、もしくはいじめられたり。
そのどれかはあるだろう。
ないというのであれば、ただ気付いていないだけの、おめでたい奴だよ。

いじめの規模を大きくしたものを、戦争というのではなかろうか。
なぜ日本が戦争に無縁でいられるかというと、日本が強いのではなく、日本を守ってくれる国があり、また、日本の代わりに犠牲になっている国があるからだ。

いつもどこかで、日本さえ平和だったらそれでいいと思っている節があるよな。
俺もそう思っているもん。
戦争なんて嫌だよ。

自分は安全な立場から、平和を、なんてちゃんちゃらおかしいね。
現実を見てくるといい。

人間は、見たくない現実を見ないようにして生きている。
人間は、汚い。

スポンサーリンク