筋肉という名の信用

例えば、2人の男がいるとする。
1人は、ムキムキマッチョ男。
もう1人は、ぶよぶよ不摂生男。
どちらの言うことが信用できるだろうか。
俺なら、ムキムキマッチョ男の方だ。
なぜなら、普段から鍛えていないと、ムキムキマッチョにはなれないからだ。
鍛えている人間の言うことは、信憑性が増す。
それは、想像してみれば明らかだろう。

そう、筋肉は、信用になるのだ。
筋肉があると、信用されるのだ。

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不摂生に見える者がいくらサクセスを語ったところで、説得力がない。
しかし、筋肉があれば説得力が増す。
その筋肉を得る過程の努力が分かるからだ。

別に信用を得るために筋トレしろなどとは言わない。
ただ、筋トレする副産物として、こんないいこともあるよって話。

そもそも、筋トレは手段では目的なのだ。
これは、筋トレした者にしか分からない。
ただ楽しいから筋トレしているのだ。

しかも、ただ楽しいから筋トレしているだけなのに、健康になったり、気分がよくなったり、月曜日の朝が嫌じゃなくなったり、仕事辞めたい願望が薄れたり、信用されたり、いいことだらけなのだ。
だから筋トレ最高。

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