ブロガーという病

つい先日まで俺は米国株ブログをやっていて、書くことがなくなったからしばらく休もうとしていた。
それで実際休止宣言して休んだんだけど、1日しない内に復帰しちゃった。
というのも、ツイッターでお疲れ様の文字を見る度に、なぜか永遠に葬り去られる感覚に陥ったからだ。
そして、たった1日ツイッターにいなかっただけで、捜索願いを出されかけた。
そんなこんなで、逆に葬り去られてたまるかという気持ちになってきて、何でもありブログとして復活することにしたのだ。

たった1日ブログを休んだだけで、実際には1日も休んでいないが、何か俺の腹の中には言いたいことが充満してきた。

俺は今までも、何度かブログを始めては辞め、始めては辞めを繰り返している。
飽きるから辞めるのであるが、辞めると書きたくなってまた始める。
そんな調子である。

考えてみればブログは、俺の数少ないアウトプット系の趣味なのである。
アウトプット、つまり出力。
読書や映画鑑賞がインプットだとすると、アウトプットは自己表現である。

例えば人と話すのが好きであれば、それはそれでアウトプットの趣味になると思う。
だが、普段の俺はといえば、親しい者以外とは、しゃべるのもめんどくさいといった状況である。
親しくなければ無口になる。

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太宰治の小説で、無口な人間は酒で発散するみたいな表現を見た気がするが、俺は酒も飲まない。
単純に味も酔った感覚も好きではない。
そういう人間は、何か別の方法でアウトプットしないと、ストレスがたまってしまう。

ある程度続いているブロガーは、みんな病気なのかも知れない。
ブロガーという病。
ブログで表現せずにはいられない。

投資ブログが儲からないと言った俺が、何でもありブログなら儲かるなどとは思っていない。
ただ、やらないとストレスがたまる。
だからやるだけなんだ。

世の中、何でも努力を重んじるが、俺が思うに、努力してたら続かないと思う。
努力しているという意識を持っているということは、嫌なことを我慢しているということだ。
我慢はずっとは続かない。

そうでなくて、楽しい、というか辞めることができない、ある種の依存症、そういった状態こそが、物事が続き、成果を残していくんだと思う。
それが儲かるかどうかはまた別問題なんだが。

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もし今がんばっているなら、少し休んだ方がいい。
休んでやりたくて仕方なくなったら、やればいい。
多分そういうことなんだよ。

投資ブログの制約が取れた今、書きたいことがたくさんある。
がんばっていない。
儲かるとかどうでもいい。
楽しいのかは分からない。
ただ、やりたくて仕方ない。

俺は、ブロガーという病に罹ってしまったのだろう。

アウトプットという行為は、呼吸や排せつに似たようなものだと思う。
ブログというアウトプット。
無意識に息をするように、ただ日常に溶け込む。

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