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他人の年収が気にならなくなる方法

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ツイッターなんかではよく年収がいくらだとかいうものを目にすると思う。
年収が月収でもいいけど。

隠居する以前は、俺もそういうものを見て多少は思うところがあったものだが、隠居している今となっては、他人の給与所得というものに随分と関心がなくなってしまったものである。

なぜそうなったか。

それは、俺が会社員というレールを外れて給料をもらわなくなったからである。

例えば、ツイッターで、月の給料が手取りで50万円あるというものを目にしたとする。
それで、俺がまだ会社員やってて手取りで30万円だったとすると、どこかしらイラッとくる部分があると思う。
なぜなら、同じ会社員なのに差が20万円あるからだ。

しかし、手取りが0円、つまり給与所得がない今の状態であると、イラッとこないのである。
手取り50万円と0円とでは50万円の差があり、50万円と30万円の差20万円より多くなっているにも関わらず、だ。

どうしてこういう心境になるかというと、手取り50万円の者は会社員、俺は隠居と、土俵が違うからである。
はなから比較対象にならないのである。

人間心理とは面白いもので、50万円と0円を比べて負けるよりも、50万円と30万円を比べて負ける方が、悔しく感じるのである。
実際には50万円と30万円を比べた時の方がその差は小さいにも関わらず。

比較対象がいるから悔しいのであって、いなければ悔しくない。
嫉妬もしない。
手取りで例え100万円あると言われてもへえすげえなあと思うだけで、それ以上の感想はでてこない。




レールに乗った人生を歩んでいると、他人と比較する機会が多くなってしまうと思う。
そりゃそうである。
学校や会社でずっと周りと競わされて生きているのだから。

普段がそういうノリだから、本来そうしなくてもいいところでも競争モードに入ってしまうのである。

それが例えば他人と年収を比べたり、資産額を比べたりして一喜一憂する現象に繋がっているのである。

一度レールから外れてしまえば開き直って、他人と比較しなくなるのだが。

会社員が周りに対して競争心を持つことは、求められていることでもあり、会社が上手く機能するためには必要なことである。
俺は競争心はない方だと思っていたが、隠居になってみるとやっぱり会社員モードに洗脳されていたなあと思う。
でもその洗脳は会社にとって合理的なものであり、また会社員にとっても、いちいち疑ってかかるより洗脳されていた方が楽に過ごせるような仕組みになっている。
だから会社員が洗脳されることはある意味仕方ないことなのだ。

ただ、その競争モードを必要以上に持ち出すと、例えば赤の他人との年収比較や総資産比較といったものだが、自分を消耗することに繋がるんだよなあ。

だから洗脳モードは会社の中だけにしとくといいんじゃないかなあなんて思うが、なかなかそんな器用なことはできんわな。

あと、特にネットの年収やら総資産アピールなんてのは過大申告の嘘の方が圧倒的に多いと思う。
所詮言ったもん勝ちのネットの世界だからね。
ビジネス目的でそう言ってるなら絶対に過大申告してくるし、そうじゃないならネットでそういうこと公表する奴ってのは自己顕示欲が強いってことだから、つまり見栄っ張りってことでビジネス目的と同様に過大申告してくる可能性が非常に高い。

だからそんなもん真に受けないのが1番なんだな。
言ってる側の立場になってみると分かる。

結局、他人への競争心ってさ、実は自分が思い込んでいる幻に過ぎないんだよ。

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